南向きの大きな掃き出し窓からは、燦燦と太陽の光が降り注ぎ、大きな河川が見える。程よく都会すぎず田舎すぎず、目の前に大きなビルやマンションがなくて眺望を遮らないところも丁度いい。なにより、陽の光を浴びてゆったりと流れる水面のきらめきは、いつまで眺めていても飽きないと思った。
 そうして私は、この眺望に一目ぼれして、思わずマンションを衝動買いしてしまっていた。
 けれど、それは決して誰かを招くために購入したわけではない。例えば、それが学生時代の先輩だとしても。

「いいじゃん、一人だと寂しいでしょ。こんなに広いとさ」
「広さと、五条さんは関係ありません」
「いーや、僕がいると格上げされるでしょ」
「なにがですか」
「マンションの資産価値」
「馬鹿言ってないで帰ってくださいよ」

 「こんなイケメンなのに?」という五条さんの嘯く声を聞きながら、私は思いを巡らせる。
 つい衝動買いしてしまったマンションだけれど、それは今までコツコツと貯めたなけなしの私のほぼ全財産である。本当は単身用の間取りにすればよかったものの、あいにく空きがなかった。眺望と空き、すべてを天秤にかけた結果、購入したのがファミリー向けの間取りになったわけだ。
 そしてそれを誰にも吹聴することはなかったが、人の口に戸は立てられないもの。いつの間にか、私が郊外にマンションを購入したことはある程度の関係者には知れ渡っていた。
 まったく恐ろしいものである。こんなに面倒くさい来訪者が来襲するというのに、引っ越すこともできないのだから。

「というか、どうして部屋番まで知っているんですか」
「補助監督脅した」
「想像はつきましたけど、それって許されない行為では?」
「僕との仲を邪魔するんだから当然だろ」
「私のプライバシーはどうなるんですか」
のプライバシーは僕のプライバシーだから」
「どこのガキ大将ですか、まったく」

 さも当然のよう述べる五条さんを、しらーっと呆れた眼差しで見つめていると、五条さんはにやりと笑った。
 
「僕、今日はこのまま、ここに泊まるからさ。準備よろしく」
「はあ? 準備も何も――」
「あはは、うそうそ、今日は泊まらないよ。この後任務あるし」

 今日は、という言葉に引っかかりを覚えたけれど、あえてそこには突っ込まないでおく。突っ込んだら最後、何回襲撃されるか分からない。
 私は自分の城を守り抜くんだ、と心の中で頷いたときだった。
 ふと掃き出し窓の外に目を遣った五条さんが不意に呟く。

「ああ、ここ川がきらきらしてて綺麗だね」

 五条さんにそんな感情があったなんて、と一瞬失礼な考えが脳裏をよぎったが(でもきっとあながち間違いでもないだろう)、喜びのあまり思わず大きく目を見開く。
 
「五条さんもそう思いますか? 私、この眺めが気に入ってここに決めたんです」
「そうだろうと思った。ていうか、初めてだね今日」
「何がですか?」
「笑ったの」
「……五条さんが突然訪ねてくるからでしょ」

 私は思い返す。
 新しく手に入れた自分の城。自分の好きな家具や小物を、あれもこれも買いそろえて、としていたら、部屋には大量の段ボールがうず高く積みあがっていた。ひとまず、たくさんある部屋の一つを物置部屋にして収めていたものの、段ボール以外でも部屋は散らかり放題になった。
 さて、どう掃除しようかと考えていたそんな時、インターホンが来客を告げたのであった。もう宅配便が来る予定もないし、と思いながら画面を見ると、そこにいたのが五条悟だったのだ。
 無視しようかとも思ったが、逡巡しだんまりを決め込んでいる間も、五条さんはボタンを止める気配はない。何なら変な動きまでつけて、カメラを覗き込んでいる。極めつけは、「おーい」「早くしないと」「壊れちゃうかもよ」という口の動きだった。
 馬鹿なことを、と私は気色ばみながら、しぶしぶオートロックを開けざるをえなかった。そして自分の部屋の階数にエレベーターが昇ってくるわずかな時間で、散らかった部屋の荷物を可能な範囲で物置部屋に放り込み、なんとか五条さんを招き入れたのだった。
 そんなこんなで、確かにずっと私は仏頂面をしていたかもしれない。

「ま、今日のことろは帰るけど、僕おすすめの超絶おいしいお菓子でも食べて、僕を思い出しておいてよ」
「こんな高そうなお菓子、いいんですか? わたし今日五条さんを歓迎してませんよ……?」
「餌付けだよ、餌付け」
「餌付けって、私はそんな単純じゃありません」
「どうかな?」
 
 なつくまでの過程が面白いんだよね、という迷惑極まりない不穏な台詞は聞かなかったことにした。
 不意に五条さんのスマートフォンが鳴る。

「あー伊地知、今行く」
「任務、本当だったんですね」
「嘘つくわけないでしょ。ま。僕なら一瞬だけどね」

 こんな郊外まで運転させられた伊地知さんに一目挨拶をという申し出を秒で却下し、じゃ、といって五条さんはあっという間に去っていった。
 私の大好きな川の水面はきらきら輝いていて、町の声がわいわいと昼下がりのまったりとした空気感を醸し出しているけれど、五条さんが来る前までの部屋とは打って変わって、ガランとした部屋。その様子に、襲来者がいなくなって嬉しい反面、なぜか、もの寂しさを覚えてしまうのだった。

 ***

「や」
「なんで、来るんですか……」

 今度はオートロックをなぜか通過し、部屋のインターホンを鳴らした五条さんに、私は脱力で崩れ落ちそうになった。

「任務なんて一瞬で終わるっていったでしょ」
「だからって来なくても。泊まらないって言ったじゃないですか」
「あれ、今日は泊まらないって言ったけど。そんな態度とりながら、ほんとは僕に泊まってほしいんだ。まったくお茶目さんなんだから」
「揚げ足取らないでくださいよ……」
「揚げ足? の本心を代弁しているだけだけど」
「じゃあ今日は帰るんですね?」
「もうお菓子食べた? 一緒に食べよ」
「ねえ、聞いてます?」

 絶対話を聞いていない素振りで、五条さんはずかずかと玄関に入り込む。昼間に来客用のスリッパのありかを覚えたのか、自分で勝手に取り出して、リビングの方に向かっていく。私は昼間のやり取りの疲れからか、再びの襲来を許してしまい抵抗する気力がない。
 
「食べてないじゃん。待っててくれたの?」
「たまたまです」
「これ超絶おいしいから」
「お菓子はすごくおいしそうです」

 お菓子に罪はない。そう思って、私も遅れてリビングに遅れて到着すると、さっきは意識しなかった五条さんの手元に意識がいく。嫌な気配を覚える。

「それ、何持ってるんですか?」
「僕の着替え。さすがに男物はないでしょ、この家」
「ちょっと、泊まる気満々じゃないですか」
「僕が第一号~」
「ふざけないでください」
「題して、ここを僕とを愛の巣にする計画」
「それを許すとでも?」
「実際、二回も僕を招き入れているに説得力ないから」

 にやりと笑う五条さんに、反論の余地がない。

「本気なんですね?」
「本気にさせてみてよ」
「ああ、もうだから五条さんって嫌いなんです!」
 
 自信過剰、それが許されるのが五条悟だ。
 私は普通の恋愛がしたいのだ。間違っても、私の都合なんて考えずに、好き勝手、尊大に動き回るマイペースの権化、五条悟と恋愛なんてしたくない。それに、そもそも五条悟に恋愛なんてできるのだろうか。
 と、今日二回目の失礼なことを考えていたら、五条さんは再度私に言葉を放つ。

「僕を本気にさせてみてよ、
「勘弁してください。私は普通の恋愛がしたいんです」
「普通って?」
「お互い慈しみあうような、そんな関係です」
「面白くないね、それ」
「面白さを求めてませんから」
「僕となら、絶対面白くて癖になると思うけど」
「一番嫌です」
「嫌かあ」
「はい」
「ま、今日はいっか。なつくまでの過程が面白いって言ったしね」
「……ほんと勘弁してください」

 思わず泣きそうになりながら懇願するも、五条さんはどこ吹く風、お菓子の袋をばりばりと開封している。「も食べなよ」なんて、さっきの話なんてなかったように振舞うものだから、私はどうしていいか分からない。

「とりあえず、今日はが奮発して買ったダブルベッドで一緒に寝るけど、なにもしないから。あ、あとお風呂には入ってきたから心配なく」
「なんで知ってるんですか! しかも、そもそも心配してません!」

 反射的に突っ込むも、もう突っ込みどころ満載の非日常的できごとに脳が麻痺してしている。五条さんのことだ、何を知っていてもおかしくないという気分にすらなってくる。
 
「はぁ……。もういいです。わたし、ソファで寝ます。五条さんはダブルベッドでどうぞお好きに」
「なになに、お好きにしていいの?」
「あくまで、常識の、範囲内で!」

 くらりと立ち眩みを覚えてソファに座り込む私をにやにやと見つめながら、超絶おいしいというお菓子を一人で食べてしまった五条さんに、この後、無理やり寝室に連れていかれて一緒に眠ることになるのだった。



触れたらもう終わりなの


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