「私、あなたに興味があります、興味津々です!」とでも言おうものなら、軽蔑のまなざしが向けられるに違いないことは分かりきっている。しかも、あの恐ろしく顔だちの整ったヒュースくんのことだ。絶対零度、ものすごい迫力で恐ろしさを感じそうだし、なにより、その後の彼の人生から私の存在すら消去されそうなほど軽蔑されそうにも思える。しかし、私、がヒュースくんに抑えがたい興味を抱いていることも間違いない事実なのである。
「はぁ……」
「どうしたんですか、さん」
「修くん、」
大学から帰宅した後、遅々として進まない論文にも頭を占められながら、玉狛支部のリビングで座ってため息をついていると、私の茫洋とした悲しみが伝わったのか、たまたま現れた修くんが、私の座っているソファの横に腰掛ける。
ヒュースくんを同じ部隊に引き入れた修くんなら、この悩みも打ち明けられるかもしれない。
「実はね、困っていることがあって」
「さんが困っていること……ですか」
想像もつきません、でも僕が役に立てることなら、と真面目に返してくれる修くんにどこかほっとしながら、私は呟く。
「ヒュースくんのことなの」
「ヒュースの?」
修くんはビックリしたような素振りで、私の顔をまじまじと見つめる。
「ヒュースがさんになにかしたんですか?!」
「へ? あ、違うの。私ね、ヒュースくんに嫌われてる気がして――」
「ヒュースが? それは、ないですね」
「へ?」
「ヒュースが嫌っている人と話すようなタイプに見えますか」
「……うーん」
確かに、とヒュースくんが来てからの日々を思い出す。はじめは誰に対しても心を開かない野生動物みたいだったヒュースくんが、いまでは同じ部隊の修くんたちとグータッチするまでに心を開いている。そう考えると、感動で胸が熱くなって目頭が熱くなる。
「さん?」
心の中で感涙にむせいでいると、修くんの怪訝そうな声が聞こえる。違う。私に対してのヒュースくんの態度を振り返らないと。
「……確かに、あいさつをすると返してくれるし、たまには訓練にも誘われるし、あとは、私が食事当番の時もご飯は食べてくれる、かな」
「もう一回言いますけど、ヒュースは嫌いな、信用できない人物にそんなことはしないと思いますよ」
「信用、かあ。たしかに毒を盛りそうな人間からご飯は食べられないもんね」
「ど、毒ですか?」
そういう問題じゃないと思いますけど、と呆れる修くんに、私はようやく本題を切り出す。
「私ね、ヒュースくんに興味があるの……」
「は、さんがヒュースに、興味?」
「そうなの。だから、もし嫌われてないなら、もう少しちゃんと話がしたいなと思って悩んでいたんだけど、修くんに相談してよかった。もうちょっと積極的に話しかけてみることにするね」
修くんから後押しをもらって俄然やる気が湧いてきていた私は、修くんが赤面しているような気配を見逃してしまっていたのだった。
***
「、俺に興味があるらしいな」
数日後、渦中の人物に直接、しかも核心について話しかけられた私は、それこそ心臓が飛び出るくらい跳ね上がった。頭の中で復唱する。、俺に興味があるらしいな。その通りだ。でも、なぜ。と思うと同時にヒュースくんがこともなげに述べた。
「修から聞いた」
ああ、どうしよう。きっと修くんのことだから、私のことをフォローしようとしてくれたに違いない。だけど最終的に口を滑らせたのかも。
――「なあヒュース、さんに冷たく当たっているのか?」
――「冷たく? 当たっていないが」
――「さんが気にしてたぞ、嫌われてるんじゃないかって」
――「どうしてお前がそれを知っている?」
――「そ、相談されたんだよ」
――「相談? 相談しなければならないほどは俺になにを思っているんだ?」
――「僕はそれは知らないけど、もしかしたら、き、興味があるとか」
――「興味? 解せないな」
のような感じで。
なんて、思いを馳せている場合ではない。こちらを見つめるヒュースくんの視線が痛い。やはり顔だちが整っている人の無表情ほど怖いものはない。全てを見透かすような青緑の瞳が人形みたいで、こちらも怖い。ぶるっと震えながら、ある意味これは、絶好の機会かもしれないと思い直す。
なかなか答えない私に業を煮やしたのか、ヒュースくんが再度問いかける。
「答えろ。どうして俺に興味がある」
「それは」
「それは?」
「わ、私が大学で近界民に対する論文を書いているからです!」
「は?」
「近界民について、もっと近くでいろんなことをたくさん知りたいの!」
思わず、正面に立つヒュースくんに一歩近づいて、その瞳を覗き込んでしまう。やはり青緑の瞳は深く美しい。告白してしまったからには、もうどうなろうと知ったことか。
「ヒュースくんの眠り顔も見たいし、寝起きの姿も見たいし、ご飯食べるところも三食全部見たいし、もっと訓練姿も見たいし、トリオン体だってもっとじっくり見たいっ。普段の顔も、どういうときに感情が動くのかも知りたいし、ヒュースくんの、あ、ありのままの姿だって見てみたいの!」
まくしたてるようにこれまで心に溜めていたことを吐き出せば、そこには無表情のヒュースくんがいた。イコくん風に言えば「めちゃくちゃ引かれとるやないかーい」ってところかもしれない。
「それは近界民のオレを観察したいということか」
放たれる声は冷たい。やっぱり。きっと私はいまから絶縁宣言をされるに違いない、と項垂れた時だった。
「ちゃん、すごい愛の告白だねぇ。メガネ君に言われて来てみたら、こんなに面白いものが見れるなんて」
「……迅さん! 修くん!」
そこには、さわやかに手を上げる実力派エリート迅さんと、迅さんの横で真っ赤な顔をする修くんがいたのだった。
「愛の告白?」
「あれ? 俺には、『ありのままの姿が見てみたいの!』っていうちゃんの声が聞こえたけど。なあメガネ君」
「は?」
「き、聞こえました。さんがそんなに大胆とは思ってなくて、すみません、聞くつもりはなかったんです」
「ちょ、え、いや、ちがっ」
「修、これは愛の告白なのか」
「た、たぶん」
「い、いや、前段があって――」
「てっきり、俺は観察対象として興味があるんだと言われているんだと思ったが」
観察対象だといえば、それこそ彼の中から存在を抹消されるんではないかと思うほど冷たい声色を聞いて、思わず姿勢を正す。
不意に視線を感じて見つめた先では、迅さんがウインクしている。声を出さずに唇が動いた。――話を合わせて。
「ご、ごめんなさいヒュースくん、私、こ、告白に慣れてなくて。ついあんな言い方に。でも、ヒュースくんに興味があるのは本当なの。だから、できたら、な、仲良くしてほしいな、なんて」
「だ、そうだぞ。ヒュース。は初心だから、下手な告白になったみたいだけど、玉狛で仲良しな関係ができるのは大歓迎だ」
「うるさい。お前に言われるまでもない」
「じゃ、あとはお二人で~」
行くぞ、メガネ君。そう言いながら二人が去っていく。
残されたのは、私とヒュースくん。論文のためにヒュースくんを観察したいなんて、やっぱり気分を害しそうになったところを、迅さんと修くん(は、いただけだったけど)が助け船を出してくれたおかげで何とか窮地は脱することができた。けど、これからどうすれば、と途方にくれる私にヒュースくんの声が聞こえた。
「さっきのお前の話、ある程度であれば、やぶさかではない」
「え?」
驚きのあまり、ばっと顔を上げて見つめたヒュースくんの耳は少し赤くなっていた。
目の前のあなた、ワンダーランド
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