が自らが所属する玉狛支部に向かうと、そこには陽太郎とヒュースしか居なかった。リビングに堂々と座る二人を見ては目をぱちくりとさせる。時間は夕ごはん時、夕飯作りを交代制にしている玉狛支部であれば、今日の担当がちょうどご飯を作っている時間のはずだった。
「あれ、二人しかいないの……?」
「そうだぞ、ちゃん。いまいるのはおれとヒュースだけだな」
は頭の中で、元々今日いるはずだった人数を数える。
(迅さんに、桐絵ちゃん、栞ちゃんに千佳ちゃん、三雲くんに空閑くん。レイジさんと鳥丸くんは用事があっていないはずだけど……)
うむむ、とは唸る。今日のご飯担当は、と思い出そうとしたときだった。ちょうどの携帯が着信を知らせる。発信者名には小南桐絵と表示されている。そういえば、とが思い至る。
「――あっ、?」
「桐絵ちゃん!」
「、本当にごめん。今日の当番変わってほしいの」
「うん、当番くらい全然平気だよ」
電話の向こうでは小南が、ありがとうと大げさに有難がる声がする。そしてかすかに玉狛支部の面々の声も聞こえるような気がして、は問いかける。
「みんなそっちにいるの?」
たまたま本部で修たちに訓練つけることになったという小南は、そのまま外でご飯を食べてくる予定だと言った。そういうことであれば、とが了承すると、再度お礼を言う小南に、こっちは任せて、と電話を切って、再度人数を数え直す。電話では聞きそびれてしまった迅以外だと、ちょうど今日の夕ごはんが必要な人数は陽太郎とヒュース、あとは自身のみとなる。
「ちゃん、だいじょうぶか?」
「あっ、陽太郎くん、大丈夫だよー!今日のご飯当番は桐絵ちゃんから私に変更になりました」
「おお!ちゃんのごはんか、たのしみだな、ヒュース」
「……ああ」
ソファーの上で喜びを表現する陽太郎を微笑ましく見つめながら、その隣の人物には表情を少し硬くする。
(はやく人見知りを治さないと……)
異性が苦手という二宮隊の辻ほどではないものの、もボーダー内では人見知りというキャラが知れ渡っている。ヒュースが玉狛支部に来て暫くが経つが、何時まで経っても緊張してしまう自身に落ち込みながら、は冷蔵庫をのぞき込んだ。
「迅さんが来るかわからないから、シチューとかでもいいかな?」
そうが呼びかけると「もんだいなし!」という元気な声が聞こえた。その声ににこりと笑みを零しては料理をはじめる。
トントン、と材料を切る音が小気味よく響く。ほわほわと白く広がる湯気。が、その湯気越しに、いつの間にかダイニングテーブルに移動してきた二人の様子を見ると、雷神丸と戯れる陽太郎とその隣に座るヒュースがいる。そして、こちらを見つめるヒュースとの視線がばちりとかち合った。
(――わっ……)
は思わず、急いで手元に視線を戻す。
ヒュースは近界民だ。その髪色も瞳の色も頭の角も、いつまでたっても現実ではないようで、未だに見慣れない。そこにの人見知りが輪をかけて、同じ玉狛支部にいるというのに、中々距離を縮められないでいた。
ただ――、とは思いを馳せる。
(最近、よく目が合う気がする……)
朝の挨拶やご飯を食べている最中、三雲たちの作戦会議を聞かせてもらっている途中、ふと目を遣るとヒュースと目が合う機会が多くなっている。
そのたびには目を伏せるのだが、特に話しかけられることもない。視線を感じること自体、自身の勘違いかもしれないと思うほど、ヒュースからもなんの接触もないまま、絶妙な距離感を保っているのだった。
「よし、そろそろ出来そうだよ」
「おお!さすがちゃん!おいしそうなにおいだ。ひゅーす、おれたちもてつだうぞ」
「もうちょっとだけかかりそうだから、お皿の用意とかをお願いしてもいいかな?」
「まかせろ!」
――ちがう、そのおさらじゃないぞひゅーす!あっちのさらだ!と司令塔となる陽太郎のもと、カウンターにかちゃかちゃと音を立ててお皿が用意されていく。
ちらりと覗き見るヒュースは、お皿選びに真剣で、こちらを見ていない。は安堵と少しの落胆を覚えて、ハッとする。
(別に見つめていてほしいわけじゃなくて、理由を知りたいだけ……!)
あの青緑の瞳を見ると緊張で体が固まるのに、どうしてかドキリとする自身もいることをは知っている。これまでに経験がない気持ちだからこそ、全てはあの、これまでに向けられたことのない、不躾なまでにまっすぐな視線が原因ではないかとは疑っている。
どうしてヒュースが自身を見るのか、それとも見ていないのか、本人の癖なのか、そうやって悶々としているうちに、手元の鍋ではミルク色のシチューがコトコトと音を立てて、美味しそうな匂いを漂わせている。
「よし、できた!」
「おっ、いい匂いだな」
「じん!」
ちょうどシチューが出来上がったタイミングでが声を上げるのと、いつのまにか現れた迅が声を上げるのはほぼ同時だった。
「今日は小南が当番じゃなかったっけ?」
「三雲くんたちの訓練があって、そのまま外食するみたいです」
「なるほどなるほど」
そう言うと迅はのもとに近づいてくると、わしわしと髪の毛を撫でる。
「ちゃーん偉いぞー」
「わ、」
「昔はあんなに小さかったのに、今ではこんなに立派になって」
「年齢は桐絵ちゃんたちと同じです!」
「まあまあ」
にやにやと笑う迅に、は思わず頬を膨らます。迅の中では未だに自分は小さな子どものままなようだった。それに、と呟きながら迅が不穏な動きをする。まずい、と思った瞬間、迅の手がのお尻をそっと撫でた。
「じっ、迅さんの、へ――」
「迅、いい加減にしろ」
が「迅さんの変態!」と叫ぼうとした最中、ヒュースの険しい声が迅を制した。
「が嫌がっているだろう」
「なんだ、どうしたんだ?じんがちゃんになにかしたのか?」
カウンター越しに行われた行動が目に入らなかった陽太郎が騒ぐ。その声を聞きながら、は思わず目を白黒させる。
(さっき、って呼ばれた――?)
がヒュースに名前を呼ばれたことは一度もない。視線が合うときよりも心臓がドキドキとするのを感じながら、しかも、この状況で名前を呼ばれたことには胸をときめかせる。迅のセクハラから守ってくれたのならば――。の心騒ぎを知ってか知らずか、迅がおどけるように肩をすくめた。
「あれ、これは俺たちのスキンシップだよな、?」
「セクハラです」
「せくはらはだめだぞ、じん!」
「またまたー、そんなこと言って」
「迅、貴様いい加減にしろ」
ヒュースがトリガーを持っていたなら戦闘が始まるのではないかと錯覚するほど、玉狛支部のリビングにふさわしくない雰囲気が漂う。ヒュースが迅に懐いていないことは分かっていたが、いきなりの雰囲気には戸惑う。
「大丈夫だよ、ひゅ、ヒュース……くん!迅さんのはセクハラだけど、もうしないように怒るから!ね、迅さん」
「それはどうかなー?」
「え、迅さん!?」
「……迅」
「俺たちのはスキンシップだし、の名前を出しながら、一番嫌なのはお前なんじゃないの?」
「スキンシップじゃな――、え?」
「……」
「こんなところで戦りあおうとするくらいなら、気になってる子に興味ないふりしちゃ駄目でしょ」
「……うるさい」
のお玉を持つ手がフルフルと震える。同時に、カーッと顔に熱が集るのを感じる。気になってる、もしそうなら、が今まで感じてきた視線は――。
「は初心なんだから、お前の心が確定するまで、距離を詰めるのはこの実力派エリートが許しません」
「……」
「なに?!どういうことだ!」
「わ、わたし……」
鍋からシチューの焦げる匂いがして、は我に帰る。謎の事態に陥っているのは事実で、もしかしたら、少女漫画しか知らない自身にとっても、なにか始まろうとしているのかもしれないと心臓がバクバクと飛び回る。けれど、それすらも自意識過剰かもしれない。
そんな時、陽太郎の得意げな声が聞こえた。それがにはこの場を打開する救いの手に見えて、陽太郎の純粋な気持ちを利用するような申し訳なさと自身のふがいなさを感じながら、は心の中で返事を決意する。
「まて、おまえたち!ちゃんはおれのおよめさんこうほだぞ!な、ちゃん」
そして、迷うことなくは断言した。
「そうです!私は陽太郎くんの花嫁候補です!」
白い湯気越しに呆れたような二人の顔が見えたような気がした。
ヒロインのヒールを履いてもいいかな
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