「さん、おれって可愛いの?」
唐突に目の前の後輩から問いかけられた内容に私は面食らった。
色素の薄い髪に同じく茶色の瞳をした後輩が、ボトムスに両手を突っ込んで、こちらを見ていた。
いきなりどうしたんだろう、とちらりと覗き見る後輩の顔は、普段と変わらず飄々としている。
太刀川隊の作戦室。太刀川隊の隊長である太刀川くんとは、高校時代から交流が続いている。その縁のおかげで、お邪魔した太刀川隊の作戦室には、今日は珍しく射手の出水くんしかいなかった。
A級1位の射手として高校生ながらに天才肌を遺憾なく発揮している出水くんも、作戦室にいる普段の姿だと年齢相応に見えて、ほのぼのしていた時だった。
――彼が冒頭の質問を私に投げかけたのは。
小さな子供が自分ってかわいいの?と周囲の人間に問いかけるのとはシチュエーションが違うような気がする。高校生がそんなこと聞くはずもないだろうし、彼が可愛さを売りにしてるようにも思えない。
それなのに、私に聞くということは――と、私がううむと唸った時、「あの」と制止の声が聞こえる。
「前、柚宇さんに話してたの聞こえてたんで」
「あっ、」
――聞かれていたんだ、と私は思わず目をみはる。
数日前、この時も作戦室にお邪魔していたときだった。大学生となった私にとっては、ボーダーにいる隊員の大多数が年下となる。そのせいか、こと戦闘では勇ましく頼りになる格好いい姿を見せる隊員たちも、ランク戦後や練習後、ラウンジにいる姿を見ると、そのギャップ姿が微笑ましくて可愛らしく思えるのだった。さきほど、私が出水くんにほのぼのしていたように。
あの日も、そんな話を太刀川隊のオペレーターである柚宇ちゃんに、妙に先輩ぶって話していた気がする。そして、そのときに「出水くんも可愛らしいよね」とかなんとかも言った気がする。
そこまで思い出して私は、もう一度出水くんの表情を盗み見る。そっと伺い見る表情は、先ほどと同じく飄々として見えたけれど、どこか不機嫌なようにも映った。
たしかに、どういう意図であれ男子高校生が「可愛い」と言われるのを喜ぶはずがない。
私は申し訳なさげに出水くんに謝った。次いで、言葉をつなげる。
「出水くんだけじゃなくて、みんな戦闘時と平常時のギャップが可愛いなと思って、つい」
「でもそしたら、今もおれのこと可愛いって?」
「それは――」
「しかも、おれだけじゃなくて、みんなに」
そう言いながら、出水くんは次々と名前を上げる。唯我くん、三輪くん、米屋くん、奈良坂くん――。挙げられた名前は全員なぜか男の子だけだったけど、そう言われるとちょっと変態みたいじゃないか、と思ってしまう。
「女の子に対しても思うのよ、柚宇ちゃんに対しても思うし、他の子に対しても」
これに対しての返事はない。やっぱり気分を悪くさせてしまったかも――。出水くんの機嫌をとるように私は話しかける。
「その、見かけや性格だけの話なんかじゃなくてね、ギャップ姿が可愛いなって思ってるだけなの。気分を悪くさせたらごめんね」
私の言葉を聞いたあと、出水くんは一瞬眉をひそめる。その後、小さくため息をついて、悩むように両腕を組んだ。
「あーさん、今からおれ、つまづくんで」
「えっ?」
躓く――?そう疑問に思った瞬間、前から近づいてきた出水くんに抱きかかえられるような形になった。
「ひゃ――!?」
思わず声にならない悲鳴を上げる。
じんわりと、頬に当たる出水くんの胸板から熱が伝わるのを感じる。予想すらもしていなかったけれど、その胸板は予想外にしっかりとしていて、無意識に私はどきりと息を呑む。
「い、いず、出水くん!?」
「あーごめんさん、おれ、つまづいちゃって」
「どういう意味っ」
反射的に距離を取ろうにも、出水くんが抱きとめる腕のせいで離れようがない。腰に回された手から感じる力強さと、他人の体温に思わず心臓が跳ねる。跳ねた心臓はそのまま勢いを止めることがない。
「出水くん、冗談はやめて、怒るよ……!」
どうしてこんなに密着しているのか、そしてどうして私はこんなにドキドキしているのだろうか。
バクバクと五月蝿くなる心臓を必死に感じないようにしながら言葉を放てば、頭上から出水くんの声が聞こえる。
「あーでもこれ、つまづいただけなんで。体勢整えるまでもうちょっと待ってもらえます?」
「でも、誰か来たら……!」
「事故ですって、事故。大丈夫大丈夫」
「事故――?!」
翻弄されている。気づけば出水くんのペースに呑まれている。私は出水くんに抱きとめられたまま、打開策を考えるものの、自由にならない身体と自由にならない思考でされるがままになっている。
「どう、さん。ギャップ、感じました?」
「ギャップ?」
「おれのこと、可愛いだけって思う?」
――そこに繋がるのか、私はくらりとする頭を立て直しながら必死に答える。
「だから、可愛いっていうのはそういうことじゃなくて……」
「そういうことって?」
私を抱きしめる手にぎゅっと力が入って、私と出水くんの距離が更に近くなる。
耳元で聞こえる出水くんの声に私は真っ赤になった顔でわめいた。
「か、可愛くないっ!」
「へ?」
「出水くんなんか全然可愛くない!」
ぽかん、とした気配の出水くんに、これがチャンスとばかり身体を突き放せば、案外簡単に二人の間に距離が開いた。ゼロ距離から、それでもパーソナルスペースを侵す距離で見る出水くんの姿は、私が意識してしまうせいか、以前とは違って見える。
「か、格好いいに、可愛くないを組み合わせたら、それは可愛くないでしょ!」
私が言い繕うと、出水くんは、吐息混じりに、ははっと笑った。
「可愛くないってことは、格好いいってことですよね」
「うっ」
「マジか超やべぇ」そう言って、そのまま嬉しそうに笑う出水くんを見つめるほかない私は、男子高校生怖いと思っていた。男子高校生が可愛いなんて言っていけなかったんだ、と心の中に教訓として刻む。
「おれは、さんなら可愛いでも良かったんですけど」
「ん?」
「やっぱり気になる人には格好いいって思われたいじゃないですか。しかも抱き締められたし、役得?」
「役得はそういう意味じゃありません。――って……!」
――気になる人?
聞こえた意味深なキーワードに無意識に大きな声を出しかけると、出水くんの面白がる声が聞こえてくる。
「おれ、もう一回、つまづくかも」
「だ、駄目っ!」
「つまづくのは事故だから」
「事故じゃなーい!」
追い詰める人物と追い詰められる人物。
作戦室の壁伝い、出水くんとは逆方向に距離を取る。ぐるぐると戯れるように追いかけ合いをする姿を太刀川くんに見られて、太刀川くんにいじられ続けるのはまだ別の話だ。
炭酸少年の歯がゆさ
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