さん、こんにちは」

 野火丸が、柔らかさを含ませて掛けた声に、声を掛けられた少女は弾かれたように顔を上げた。真ん丸く開かれた瞳を好ましく思いながら、次いで言葉を掛ける。

「奇遇ですね、こんなところで会うなんて」
「あなたも、こういうところに来るんだね」

 驚きと疑いが入り混じった声色に、野火丸は内心首をすくめる。
 若者たちが集うお洒落な街。
 の言葉通り、普段であれば自分が来ることはないだろう。
 ショッピングセンターやカフェ、一通りのものならここで揃ってしまうであろう、そんな場所に、はいた。おそらく彼女の働く探偵事務所から休暇をもらったのだろう。
 その中でも、がカフェに入ろうとした瞬間を狙って野火丸は声を掛けたのだった。いくらなんでも、レディースのアパレルショップまで追いかけたのでは、ますます不審がられるに違いないから。

さんはお一人ですか?」
「本当は晶くんと来るはずだったんだけど、用事が入っちゃったの」
「そっか、それは残念でしたね」
「あなたは?」
「僕も梅太郎刑事に約束をすっぽかされて、あいにく一人なんです」

 ほろり、と涙をぬぐうような素振りを見せながら答えると、は神妙な面持ちで野火丸の方を見つめている。その唇から、「ひとり者同士……」という言葉が漏れたのを聞いて、野火丸は心の中で笑みを深める。

「そうだ! ひとり者同士、一緒にお茶でもしませんか?」
「……あなたは、わたしと一緒でも構わないの?」
さんと一緒にお茶できるなんて、光栄ですよ」
「――とでも言うと思った?」
「ふふふ、思ってませんよ。さんのことですから」
「怪しい……」

 ふいっと顔をそむけるとは、まだ特に親しい中ではない。
 野火丸が仕える飯生と、が働いている探偵事務所の主である隠神とは、夏羽の持つ命結石をめぐって、最近は不穏な雰囲気が漂いつつある。
 そんな中でも、こうしてへ会いに来るのは、野火丸がのことを気に入っているからだった。

「まあまあ、はやく入りましょう」
「まだ入るって言ってない……!」
「入口だとほかのお客さんの邪魔になっちゃいますよー」

 にこりと圧を掛けて笑えば、戸惑いつつも素直に頷くその様子に野火丸は満足げに笑みを頬に浮かべる。
 「2名で」と店員に伝えると、窓際の奥まった席に案内される。ぶすっとした様子のも、しぶしぶ野火丸の後ろをついてきていた。

「……あなたって強引」
「強引なのはお嫌いですか? どういう人がタイプです?」
「――た、タイプって! なんの話してるの」
「好みの異性の話ですよ」
「好みの異性って――」

 は、一瞬の動揺の後、言葉を失ったように深いため息を吐いた。

「どうしてわたしが、あなたと異性の話をしなくちゃならないの?」
「気になるなー。さんの好きなタイプ」
「教えません」
「あ、僕の異性のタイプも知りたいですか?」
「知りたくありません」
「よかった、内緒ですから」

 突っ込むような突き刺さる視線をから感じる。ひりひりと焼け付く視線も癖になりそうな自分に苦笑いしながら、野火丸は、自身との分の注文を終える。
 は、怪物と人間のハーフだ。探偵事務所にいるほかのメンバーとは事情が異なり、昼間は学校へと通っている。探偵事務所では、休日や夜間を利用して、依頼に参加しているようだった。

「学校生活は楽しいですか?」
「敵情視察……?」
「やだなー、僕とさんは敵じゃないじゃないですか」
「……普通」
「普通、ですか。お友達はいないんですか?」
「友達くらいいるよ」
「半妖なのに? バレたらどうするんです?」
「バレないようにしてるし。何なの……?」
「やだなぁ、睨まないでください。僕は心配してるだけなんですよ」
「心配……?」
「半妖だってバレた時に、さんが悲しい気持ちにならないか」
「なにそれ」
「その時に冷たくされて、さんが傷つくようなことがあれば、復讐でもなんでもお手伝いしますよ」

 野火丸が言葉を言い切るか言い切らないかのタイミングで、テーブルがドンっと叩かれる。テーブルに案内されたときに置かれた冷水がトポンと音を立てて揺れる。
 幸い奥まった席なので誰にも注目されることはなかったが、窓から見ている人物がいれば、何らかの修羅場だと思ったに違いない。

「さっきからなんなの一体」
「善意ですよ」
「私は半妖だってバレて冷たくされたって、相手を傷つけたいとは思わないよ」
「それでさんが不幸になっても?」
「不幸になっても」
「やっぱり、さんですねぇ」
「はい?」
「いえ、こちらの話です」

 タイミングよく話の切れ目で「お待たせしました」と店員が注文したドリンクを持ってくる。とにこにこと見つめる野火丸を胡乱げな瞳で見つめ返しながら、はドリンクに口を付ける。全体的に不機嫌なのだろうが、ドリンクを口に含んだ瞬間、きらりと輝いた瞳に、に気づかれないよう、野火丸はくすりと笑みを零す。そういうところがの素直な部分なのだ。

「僕も学校に行ってみようかな」
「小学校ね」
さんと同じ高校の同じクラスに。狐ですから」
「そんなことに力使わなくても、というか来ないでください!」
「冗談ですよ」
「とんでもない冗談やめて」

 もし同じ高校の同じクラスに行ったら、人間関係をぐちゃぐちゃにしてみるのも面白いかもしれない。もちろん、それは今だってできるけど。野火丸は頬杖を突く。
 それで、の言うように彼女が誰も恨まずに、それでも友達とやらを好いたままでいられれるなら――。そこまで考えて、きっとそうに違いないと漠々と感じる。夏羽くん然り、探偵事務所にはまっすぐで面白いキャラクターが揃っているから。そんな探偵事務所の中で馴染んでいるならきっと自らの言動と相反する行動はしないように感じた。

「いいですよねえ」
「……?」
「僕、さんに好きになってもらいたいな」

 ごきゅっと目の前のがドリンクを嚥下する音が響く。

「な、なに、突然」
「僕、さんに好きになってもらいたいんですけど」
「2回言わなくてもわかる! 今日はどうしたの?」
「人恋しい気分なんです」
「狐姿の梅太郎さんでも抱っこしといたら」
「あはは、嫌ですよ、気持ち悪い」
「わたしが、あなたに恋するってこと?」

 言葉にするなら「そんなこと絶対にない」、そんな視線を感じながら、頬杖を突いたまま上目遣いで野火丸はを見つめる。今度は罪悪感からか気まずそうに視線を逸らすについ触れてみたくなる衝動を我慢して、ひとつため息を落とす。

さんが僕に恋してくれて、独占してくれたら最高です」
「なっ、あなたには飯生妖子がいるでしょ!」
「飯生さまは上司ですよー」
「あなたのこと、よくも知らないし。教えてくれないし」
「僕のこと、包み隠さず教えたら、好きになってくれます?」
「教える気なんてないくせに」
「……全部教えるにはもっと親しくなってからですね」
「本気で答えないでよ」
「本気ですから」
「……一介の高校生を捕まえて、何を言ってるんだか」
「ふふふ、僕のタイプはさんです」
「し……、い、隠神さんにやられちゃえ!」
「可愛い言い方ですね」
「うるさい!」

 これからはもっと会いにきてもいいかもしれない。もっと話してみたいという欲が芽生えるのを感じて、からりと晴天が眩しい空に目を遣る。そういえば、ここに来るまでに乗っていた車の中から、「今日はお出かけ日和になるでしょう」なんて人間の声が聞こえていた。
 その言葉通り、お出かけ日和天気を見つめながら、この後も、彼女をさらってどこかに行ってしまってもいいと思ってしまった。



ストロベリーソーダのさざめき